01/12/2013

by lumi on 12/1/2013

 

 

パリへ来るのは、たぶん六度目だ。

 

 

パリではいつも、美術館を巡っている。今回も限られた時間ではあったけれど、土日でマルモッタン美術館、装飾芸術美術館、アンリ・カルティエ=ブレッソン財団、ヨーロッパ写真美術館へ行くことができた。本当はオルセーも再訪したかったのだけど、時間がたりず断念。それから、今年再開したはずのピカソ美術館はまた改装のため閉じていた。楽しみにしていたのに、あそこは一体いつちゃんと開くのだろう。

 

むかし芸術家たちが集まったというカフェに憧れているので、モンパルナスへ行ったりもした。今度こそどこかに入ってお茶でも飲もうと思っていたのだけれど、値段と中にいる人たちの雰囲気にたじろぎ、ただ周りや墓地を散歩して帰ってきた。か…、悲しくなんかない、ぞ。。

 

ところで、パリはいつ来ても曇ってる印象なんだけれど、ロンドンと同じでこういう天気の町なんだろうか。

 

 

 

何度来ても馴染まないこの町でひとつ、とても大事に思っている場所がある。ルーブルからそう遠くないところにある、カフェ・ヴェルレ。パリへ来たときにはここでコーヒーを飲み、そのあとチュルイリー公園を散歩する、これはゆずれない。日曜はお休みなので週末旅行がほとんどのわたしはそのほかの予定との調整がなかなか難しかったりもするのだけれど、それでもたっぷり時間をとって、かならず来る。

 

すごく特別な雰囲気のあるお店というわけではないけれど、ここで美味しいコーヒーを飲みながらつぎつぎ来て豆を買っていくお客さんたちを眺めていると、緊張がほどける。わたしにとっては、注意深くそっと置いておきたい、砂に描いた丸い陣地みたいな、そういう場所なのだ。

 

 

 

写真美術館には長い行列ができていた。疲れていたのでいちど休憩して(サン・ポール駅前にはここではあまり見かけないスターバックスがあった、天の助け!)、しばらくしてから戻ってみたものの、行列の長さは変わらない。しかたがないので最後尾につき、暗くなりはじめたなか、本を読んで待つ。

 

持っていた本はエリアス・カネッティ『マラケシュの声』。駱駝とスークのモロッコから、フランス・パリの路地裏に目を移す。ここからだとモロッコよりも、日本のほうがはるかにエキゾチックに思える。日本の風景を思い出そうとしても、突然現れたぴかぴかのガラスケースのなかにある手の届かない商品みたいで、目が眩んで、うまく取り出せない。生まれ育った場所がこんなに遠くて、パリは近づけば近づくほど遠ざかっていって、ああもうどこまでもひとり、と極端な絶望的な気分になる。そんな自分がおかしくて、笑う。

 

 

パリは、異国の町だ。もちろん日本以外ではどこにいてもそうなのだけど、他の言葉が通じない国のどの町よりもここではもっとはっきりと、わたしは異国人なのだ。この町ではわたしは異質で、歩いても歩いても触れるところにささやかに波が立つだけで、溶けることはない。どうしてなのかはわからないけれど、振り返れば最初からそう感じていた。

 

わたしはパリが好きじゃない。7年前に初めて訪れてから今までずっと、ぜんぜん好きじゃないけれど、なぜかここでだけ味わう自分の輪郭がくっきり浮き上がるような孤独感はけっこう好きだ。これを味わいたくてこんなに何度も来ているのかもな、もちろん美術館へ行きたいのもあるけれど、ともう暗い路地で並びながらひとり納得したりしていた。

 

– パリでのtwitter(日付、時間は日本時間です)

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